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気まぐれに下関で賭けてみた [初心者が競艇を啓蒙する]

  競艇は約1,500人の選手がいるので、全選手についてどういうレースをするのかを把握する
ということは、異常に集中力のよい小さい子供でもなければ不可能だ。
 
 ここで早くも話を脱線させてみる。小さい子供が何かを異常に覚えるというのは今でもあり得る
話だろう。僕はどうだっただろうか? TVのCMや街の広告看板に異常に執着していたような気がする。
  残念ながら、今オッさんとなった僕は、全国に一斉にブロードキャストする宣伝は意味がないと
思い始めている。ピンポイントの局地的広告の方が効果があるのではないかと。。
  そして、知識をむやみに詰め込む時代も終わりつつある。そんなものネットを見ればすぐ分かって
しまうのだ。細かいことは、ローカルPCやネット上のどこかのサーバ群が覚えていてくれるのだ。
  そういうわけで、今の子供たちはより創造的な遊びをすればいいのだと思う。しかし親御さん達は
そうは思わないんだろうな~。ただし、小さい頃に何か覚えなきゃならないことがたくさんあるのは別に
否定はしないけれど。

  さて、約1,500人いるわけなので、目立って活躍している人やよく行く競艇場のレースによく斡旋
されている人以外はなかなかどういうレースをするのかよく分からない。しかし前述のようにデータは
至る所に転がっている。
  僕が直接行って賭けたりネットで投票したりするのは平和島ばっかりだ。この平和島、舟券的には
ほどほどには荒れる。しかし、配当金額的にすごいのはなかなか出ない。
  なぜかというと、どのコースからでも1着を狙えるようなプールになっているからだ。そうなっているので
やれるんじゃないかと、センター・アウト勢が頑張ってしまうのも理由の一つだろう。 そしてもう一つ重要
なのだが、すごい配当になるような、ある意味レースを荒らす人があまり平和島に斡旋されないからだ
とも思う。

  そういうわけで、今回は荒れそうな場を探してみた。場を選択した根拠はあえて詳しく語らないが、
今日は下関を選んでみた。さらに今日は第10レースがよいと思った。一言でいうと、一着二着は決め
やすいにも関わらず三着目がカオスなため、高配当になり易そうだったからである。

  で、結果は数点しか買ってないのにあっさり100倍超えの配当が返ってきた。。あっさり過ぎて驚いた。
  つい調子に乗ってしまい、配当金の多くを第12レースの優勝戦につぎ込んでしまった。これは非常に
まずい判断だった。下関競艇の番組マンに見事に乗せられているではないか。。しかし優勝戦は、5号艇
がまさかのイン取り作戦に出た結果、熱くなったのだろうか?1号艇と2号艇がフライングで投票した舟券
がことごとく返還という「幸運」に恵まれ、10レースのゲインはそのまま手元に残された。

  なんで、高配当を狙ったかというと、まもなく始まるこれの軍資金にしたかったからだ。
  この軍資金を平和島に投入すると半分も返ってこないのは必至だし、最悪初日のドリーム戦で
「終了」してしまう勢いなのだが、やっぱり平和島で遊んでいるのが楽しいのであった。
  平和島で外れでも諦めがつくのだ。そして、その発想こそが、僕が一線を越えて勝負の世界に踏み
出さない良識だと思う。

目先のことにこだわること [雑談]

僕はもともと刹那的な発想で動く傾向がある。目先のことに翻弄されやすいタイプだ。
だからこそ、このご時世になってそういう目先のことにこだわる人たちが増えているのが気になる。
以前はそんな感じじゃなかった人たちがそうなってきているのだ。だから非常に気になる。
普段は僕より視野の広い物の見方をする人たちが、そうじゃなくなってきているような感じなのだ。

僕に冷静に判断されているようじゃ、はっきり言ってまずいと思うんだけど。
みんな落ち着け。本当は僕にそんなことを言われるような人たちじゃないんだぜ。

人のいぬ間に

変なトラックバックを貼り付けるのはやめておくれ。競艇絡みは許す。
デスクトップPCもお亡くなりになったので今日はこれまでかな。


寒々とした暗い空間を歩く [自分についての状況や考察]

 いや、文字通り物理的な状況をタイトルにした。悲壮感はない。出張先で照明の少ない薄暗い道路沿いをコンビニに向かって歩いていただけのことだ。ただ、「こんなところで一体何してんだろうな〜」と思った事は確かだ。ただ不思議なことに、そう思うほどに、ささやかながらも僕の行動範囲が広がっていくような気がする。気がするだけなのだが、それで少しでも「自由人」を自称する僕が自由を取り戻した気分になればそれでいいのだ。

 でも思いつきでふらつくような所ではない。ここにはきっと住めないな。この感覚どこかで味わったことがある。最近だと昨年某競艇場に行ったときかな。何度も子供の頃から味わっている感覚だな〜。車だらけで人の姿が見えない空間は苦手だ。

 そして人ごみのスクランブル交差点(しかも特定世代が固まっているあの街)でも違和感を味わう贅沢な僕だ。あ〜最近だとやっぱり出張帰りだな。その日はなぜか仮装をしている人たちがいた。ハロウィンだったそうだ。電車でも顔にペイントをしている女の子を見た。異星人を見る思いだった。

 僕にとってほどほどの空間とはどのような街でどのような人口密度で、昼夜人口比率はどのような値で、車道の広さはどのような幅であるのだろうか?

 こういうことをいい歳をして考えてはいけない。考えるだけならそれでもいいが、そこから自分探しに走ってはいけないんじゃないかと思う。走るならトレーニングウェアに着替えてランニングシューズを履くに限るな。

 と、スーツに薄いコートを羽織り、歩きづらい革靴で知らない街のコンビニに向かいながら考えていた。明日は帰れる。

東京マラソンを振り返る6 [ランニング]

 先週土曜日、今年の東京マラソンを一緒に走った友人から、来年の大会も当選したとの電話が入った。おお、そんな時期だったか。日々なにかに追われているような(これは錯覚)状況ですっかり忘れてた。電話をしながらメールをチェックしてみると、次回の参加については落選となってしまっていた。。
 もうだいぶ今年のことも忘れてしまっているのだが、次回初めて走る人が、偶然この閑散としたサイトを検索してやってくることもあると思うので、可能な限り思い出して、ゴールとその後について書き連ねていくことを努力してみたい。

 さて、20kmを過ぎたあたりで、あんまり速く走っていなかった僕はちょうど昼時を迎えていた。おととしの第一回大会でにおいて、15kmあたりの膝痛発生で品川リタイヤしていた僕は気分的には穏やかにマイペースで走っていたのだが、そろそろ昼飯時であったし、朝も早かった。確実にスタミナが切れ掛かっていた。銀座あたりから雷門に向かうところが、一番苦しかった。給水地点では立ち止まって水やアミノバリューを飲んで、少しでも体力の回復を図ろうとしていた。それと同時に、これは僕の性格なのだが、「俺何やってんだ」という思いが強くなってきた。まだ20km近くあるではないか。故障が無ければこれは完走ペースなのだが、急速に気持ちが萎えていくのを感じていた。

 同じ大会を走った人なら実感してくれるとおもうのだが、そんな気分と体調を救ってくれたのが、沿道の観客の差し入れであった。最初にもらったチョコレートは心に染みたぜ。沿道の親御さんたちは子供に差し入れの食べ物を持たせていることが多く、かつ子供たちがランナーに渡そうとしているのは飴玉とかチョコレートであることが多いのに気がついて、子供に近寄っては甘いものをもらってスタミナを補給した。

 浅草に近づくにつれて、地元の人たちが増えてきたのか、コロッケとか漬物とか走りながら食べるには躊躇する食べ物も増えだした。ただし、それが善意からくるものであることは感謝している。ちなみに知人はそのコロッケが異常にうまかったと後で語っている。冷たいし、タレもかかっていなかったはずだが、そいいう状況で食べるコロッケは最高だったようだ。もうそのころにはバナナやアンパンなど公式でも食料を配給していたが、そちらもうまかった。いずれにしてもこの区間は心温まる差し入れが期待できる。記録を狙うランナーじゃなかったら、いろいろ期待しつつ、当日も楽しんで走ってみるべきだ。余計なお世話だが、iPodなどで音楽をヘッドフォーンで聴きながら走るのは、その祭りの楽しさを半減させるものだと忠告しておく(そして危険だと思う)。修行僧ではないのだよ。

 さて、浅草雷門に到着した。ここでは立ち止まって記念撮影しているランナーが多かった。上京してずいぶん経っていたが、僕も浅草は始めてであったので、写真こそ撮らなかったが、疲れていたせいもあり、しばらく立ち止まって赤提灯みたいなものを眺めていた。走るのに邪魔になるかもしれないけど、デジカメか携帯は持って走った方がいいんじゃないかな~。

 そんなことを書いてはいるものの、僕はそんなに楽しんでいる感じでもなく、沿道の皆様に活力をいただいたものの、やはり「俺は好き好んで何をやってるんだ」という思いを脱ぎ去ることが出来ないまま、最大の山場、35km地点へと向かうことになる。

 ー あと二回ぐらいは続く 不定期に -